2022/07/13 10:21


腐敗と発酵はどう違うのかという質問を良く受けます。実は、腐敗も発酵も同じことです。
両方とも「食材に含まれる成分が微生物の力によって分解される」ことなのです。
腐敗は、真菌や腐敗菌などの細菌・微生物の力によってタンパク質が分解されアミノ酸となり、それがアンモニアなどに分解されて腐敗集が発生する化学反応です。

醗酵とは、食材に酵母菌や乳酸菌などの微生物が加えられ分解してできるものです。
このように発酵も腐敗も基本的には微生物によって分解されることは同じですが、それによって出来上がったものが人間、人体に有益か有害化という違いでしかないのです。
例えば、味噌は大豆と小麦を主な原料とし、コウジカビ(麹)と食塩を加えて作ります。
麹の働きでタンパク質やデンプンが分解され、分解された物質に麹菌から作られた乳酸菌や酵母菌が付いて美味しい味噌が出来上がります。そして、糖質やたんぱく質が体に吸収されやすくなり、乳酸菌をはじめとして腸に良い善玉菌も増えます。また、うま味成分も増して保存性も向上します。

このように、ほっておけば腐敗し腐ってしまうものを人類は人間に有用な食べ物に代えてきたのですが、それは思い付きで出来るものではなく長い年月を重ねて築き上げた食の文化でもあるのです。
醗酵も腐敗もその過程には複雑な化学反応を必要としますが、古代の人々はそんな化学式を知っていたわけではありません。その代わり手探りの苦労と汗が流されてきました。
その結果、現代の私たちはその恩恵を受けて健全な食生活と健康な日々を送っているのです。

お酒を例に、皆さんの口に渡るまでのお酒の発酵と腐敗防止の知恵を見てみましょう。
それまでは夏にもお酒を造っていたのですが、江戸時代以降は冬に仕込むのが基本となりました。寒造り、寒仕込みといい風が冷たい10月下旬から準備します。
お酒には米選びと水漬けと蒸す作業があります。蒸したお米を麹室で冷ました蒸米に種麹を振りかけて麹造りをします。
夏場の熱い中での雑菌進入を防ぐため密室にしています。繁殖率の高い納豆菌はご法度です。
麹室を出た後は「木枯らし」といって一昼夜冷やし乾燥させます。湿気が多いと雑菌に汚染されやすいのです。
それから酒造りの最初に入りますが、この時多量の清酒酵母と濃度の高い乳酸を必要とします。これは分解が進み元になる醪で酵母が健全にアルコール発酵するためと、醪での雑菌汚染防止のための酸性環境をつくために乳酸の働きが必要なためです。
清酒酵母はこの酸性環境下で増殖しアルコールを生成してゆきます。
乳酸菌はアルコールに弱いためアルコール生成したころには死滅してゆきます。
このような微妙な過程を通してお酒が出来るのですが、それでも油断はできません。
お酒にするために醪を搾りますが、そのままにしておくと腐ってしまいます。
通常のお酒のアルコール状態では雑菌は生息できませんが、アルコールに強い火落菌が生きていて悪さをします。
そのため火落菌対策として「火入れ」をします。「火入れ」とは加熱処理で、火落菌は熱に弱いのです。
搾ったお酒は貯蔵前と瓶詰めの前に約60度ぐらいの加熱殺菌をして密封するといつまでも保存が効きます。
お酒には賞味期限が無いのは、このような防腐・雑菌処理を施しているのです。

お酒は腐敗・腐造しやすかったので平安時代の「延喜式」には醪を搾る前に木炭を加える「灰持ち(あくもち)」が行われていました。腐敗対策でした。
火入れは室町時代に始まるとされます。火入れした酒は「火持酒」とよばれ江戸時代には一般的に行われていました。
ちなみにヨーロッパでは、このような低温加熱による殺菌法はフランスのパスツールによって1865年に発表されていますが、日本ではその300年前に実用化されていたのです。
このようなお酒における発酵技術も、日本人が営々と試行錯誤を繰り返しながら積み上げてきたものです。
醗酵文化を知り、今夜飲むお酒もそんなご先祖様と今酒造りをしている人々の事も頭の隅に置いて飲むのも、おつな飲み方かもしれません。
そしてお酒造りの栄養豊富な醪をそのまま絞って作られているノンアルコール「米麹あまま」も、先祖から代々伝わる発酵食品・健康飲料であることを思い浮かべて飲んでみて下さい。